ACCOMMODATION

観光収入1兆円でも、地元は豊かにならない ── 地域の宿泊事業を「誰の資本でやるか」という話

侘寂の玄関土間。古材の梁と聚楽壁、円相を描いた襖、新しい檜のすのこ床
1兆円沖縄の観光収入が初めて超えた(2025年度)
217万円一人当たり県民所得は全国最下位
約20棟当社が運営する一棟貸し

沖縄県の観光収入が、2025年度に初めて1兆円を超えた。1兆747億円である。入域観光客数も過去最高の1,093万人に達した。

数字だけを見れば、成功した観光地である。

ところが同じ沖縄で、一人当たりの県民所得は全国最下位が続いている。およそ217万円。全国平均のおよそ7割である。

観光客が来て、金を落としている。それでも地域の所得は上がらない。この矛盾を「ザル経済」と呼んで整理していたのが、木下斉氏の動画「観光収入1兆円でも豊かになれない沖縄|『ザル経済』3つの構造」であった。

宿泊事業を営む立場で見ると、これは他人事ではない。姫路にも同じ構造の芽がある。

1. ザル経済とは何か

ザル経済とは、地域に流れ込んだ金が、ザルの目から漏れるように外へ抜けていく構造を指す。

前掲の動画では、沖縄の「穴」が3か所に整理されていた。以下はその要旨である。

その1|交通

航空会社はいずれも県外の資本である。移動の段階で、金はすでに本土へ流れ始めている。

その2|宿泊

客室数で見ると、その多くが県外・海外資本のホテルである。本土の不動産会社が所有し、海外の運営会社が動かす形が主流になっている。所有と運営の両方が外にあるため、利益は二重に出ていく。加えて、地元の人材は清掃や荷物の運搬といった賃金の低い職に就き、管理職は外から来た人が占めやすい。

その3|飲食・物産

県内調達率という指標はあるが、最終加工だけを県内で行えばそこに数えられる。実際には、地元の名産品に使う小麦粉さえ外から仕入れている。観光消費が増えるほど、仕入れの代金として資金が逆流していく。

要するに、地域が受け取っているのは賃金という形の所得だけであり、資本から生まれる所得は外に持っていかれている、という指摘である。

2. 論点は「利益率」ではなく「資本の所在」

ここが、この話のいちばん重要なところである。

宿泊施設の売上が地域に立っていても、その施設を所有しているのが誰かによって、金の行き先は変わる。

地域に残るもの 外へ出ていくもの
外部資本の施設 従業員の給与、地元業者への一部発注 賃料、運営受託料、利益、配当
地元資本の施設 給与に加えて、利益そのもの 借入の利息、本部機能を外注した分

雇用が生まれることは大切である。それを軽く見るつもりはない。

ただし賃金は、その地域の相場に張り付く。相場を超えて地域を豊かにするのは、資本から生まれる所得のほうである。 観光客数がいくら増えても、資本が外にある限り、この部分は地域を通り過ぎていく。

売上を追う話ではなく、貸借対照表の左側を誰が持っているかの話だと言い換えてもよい。

3. 姫路の場合

姫路城の来訪者は増えている。大手チェーンの宿泊施設もここ数年で増えた。海外からの来訪も戻った。数字は明るい。

だがその消費の多くは、姫路に本社を持つ会社に落ちているわけではない。宿泊費は本社が東京や海外にある事業者へ、飲食は全国チェーンへ、移動は鉄道や大手バス会社へ流れる。地域に残るのは、そこで働く人の給与と、一部の地元店舗への消費である。

構造としては、沖縄に近い。

そのうえで姫路には、沖縄にはない弱点がある。日帰りができてしまうことである。

新幹線で大阪から30分、京都から45分。姫路城を訪れた人の多くは、二時間ほどで帰っていく。宿泊費も、夕食代も、翌朝の飲食代も、この街には落ちない。

ザルの目が粗いという以前に、そもそも水が溜まる前に流れていく。これが姫路の一次的な課題である。

4. 地元資本で運営するということ

当社は姫路・兵庫・淡路島・長崎で、一棟貸しの宿を約20棟運営している。

始めた動機は、地域経済のためという立派なものではなかった。手の届く規模から始め、失敗しながら増やしてきたというのが実態である。

ただ、続けるうちに意味が変わってきた。地元の資本で宿を持つと、次のことが起きる。

  • 利益がそのまま地域に残る。外部への配当も運営受託料も発生しない
  • 建物を直すときに呼ぶのは、地元の工務店と職人である
  • 清掃は地元の方に入ってもらう
  • 消耗品の仕入先も、できる限り地域内で探す

規模が小さいので、これらは全部つながっている。誰にいくら払っているかが、顔で分かる範囲に収まっている。

大手チェーンが悪いという話ではない。それぞれに役割がある。ただし、地元資本の小さな宿が増えるほど、観光消費のうち地域に残る割合は変わる。その一点において、規模の小ささは不利ではない。

5. 穴を塞ぐ前に、水量を増やす

もっとも、地元資本で運営するだけでは足りない。姫路の課題は前述のとおり、そもそも泊まってもらえないことにあるからだ。

日帰りが多いのは、泊まる理由が知られていないからである。実際には、泊まった人にしか成立しない時間がある。

  • 姫路城は17時に閉まるが、ライトアップは0時まで続く
  • 天守に入る行列は、開門直後に動ければ避けられる
  • 書写山圓教寺は往復で半日を要し、日帰りの旅程には物理的に入らない

これらは一軒の宿が単独で発信しても届きにくい。そこで現在、姫路の小さな宿が集まって「泊まる理由」を発信する媒体「STAY HIMEJI」(stay-himeji.jp)を構築している。

自社の施設だけを載せるのではなく、同程度の規模で営む他社の宿にも並んでもらう形を取っている。掲載順は西から東へ、地図の順で固定し、優劣をつけない。運営する当社の施設が上に来ない仕組みにしているのは、他社に参加してもらう前提だからである。

一軒で客を取り合うより、街に泊まる人そのものを増やしたほうが、全員の取り分が増える。ザルの穴を塞ぐ話をしてきたが、これは流れ込む水量を増やす取り組みである。

6. 同じ構造は、観光以外にもある

最後に、地域で事業を営む方に向けて書いておく。

「売上は立つが、利益が残らない」という状態は、観光に限った話ではない。仕入れ、外注、賃料、システムの利用料。外部への依存が大きいほど、それぞれが穴になる。

自社の損益計算書を、支払先が地域内か地域外かで並べ替えてみると、思っていたより外へ出ていることが分かるはずである。すべてを内製にする必要はない。ただ、どこが穴になっているかを知っているかどうかで、次に何を自前で持つかの判断は変わる。

観光収入という数字は、地域の豊かさを測る指標にはならない。測るべきは、その利益が最終的にどこへ帰着するかである。

姫路でそれを続けることが、当社にできる答えだと考えている。

この記事の要点

  • 観光収入の増加は、地域の豊かさを意味しない
  • 論点は労働所得ではなく、資本から生まれる所得がどこへ帰着するか
  • 姫路の弱点は日帰りできること。穴を塞ぐ前に、泊まる理由をつくる必要がある

※本稿は当社が保有・運営する施設での経験と現在の方針に基づくものである。沖縄に関する数値は沖縄県および報道発表による公表値、県民所得は内閣府「県民経済計算」に基づく。資本構成や調達率に関する分析は前掲動画の見解であり、当社が独自に検証したものではない。記載の構想には未実施のものを含み、効果を保証するものではない。